山村の現状と山村の活性化ー平成30年度森林・林業白書からー

平成30年度森林・林業白書が令和元年6月7日の閣議を経て公表され、国会に提出された。この白書の構成は次のとおりとなっている。

はじめに

トピックス

第Ⅰ章 今後の森林の経営管理を支える人材
第Ⅱ章 森林の整備・保全
第Ⅲ章 林業と山村(中山間地域)
第Ⅳ章 木材産業と木材利用
第Ⅴ章 国有林野の管理経営
第VI章 東日本大震災からの復興

 このうち、「第Ⅲ章 林業と山村(中山間地域)」の中の「3.山村(中山間地域)の動向」を紹介します。

3 山村(中山間地域)の動向

その多くが中山間地域に位置する山村は、住民が林業を営む場であり、森林の多面的機能の発揮 に重要な役割を果たしているが、過疎化及び高齢化の進行、適切な管理が行われない森林の増加等の問題を抱えている。一方、山村には独自の資源と魅力があり、これらを活用した活性化が課題となってい る。
以下では、山村の現状と活性化に向けた取組について記述する。

(1)山村の現状

(山村の役割と特徴)
山村は人が定住し、林業生産活動等を通じて日常的な森林の整備・管理を行うことにより、国土の保全、水源の涵養等の森林の有する多面的機能の持続的な発揮に重要な役割を果たしている。「山村振興法」に基づく 「振興山村」 は、平成29(2017)年4月現在、全国市町村数の約4割に当たる734市町村において指定されており、国土面積の約5割、林野面積の約6割を占めているが、その人口は全国の3%の393万人にすぎない。振興山村は、まとまった平地が少ないなど、平野部に比べて地理的条件が厳しい山間部に多く分布しており、面積の約8割が森林に覆われている。産業別就業人口をみると、全国平均に比べて、農業や林業等の第1次産業の占める割合が高い。
また、山村の生活には、就業機会や医療機関が少ないなどの厳しい面がある。平成26(2014)年6月に内閣府が行った「農山漁村に関する世論調査」によると、農山漁村地域の住民が生活する上で困っていることについては、「仕事がない」、「地域内での移動のための交通手段が不便」、「買い物、娯楽などの生活施設が少ない」、「医療機関(施設)が少ない」を挙げた者が多い。都市住民のうち農山漁村地域への定住願望がある者が定住のために必要だと思うことについても、「医療機関(施設)の存在」、「生活が維持できる仕事があること」を挙げた者が多い。 林業は、雇用の確保等を通じて、山村の振興に貢献する産業である。これらの地域の振興を図る上でも、林業の成長産業化が大きな政策的課題となって いる。

(山村では過疎化・高齢化が進行)
山村では、高度経済成長期以降、若年層を中心に人口の流出が著しく、過疎化及び高齢化が急速に進んでいる。昭和40(1965)年以降、全国の人口が増加してきた一方で振興山村の人口は減少を続け、また、65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)も上昇を続け、全国平均23%に対して34%となっている。
また、過疎地域等の集落の中でも、山間地の集落では、世帯数が少ない、高齢者の割合が高い、集落機能が低下し維持が困難である、消滅の可能性がある、転入者がいないなどの問題に直面する集落の割合が、平地や中間地に比べて高くなっている。
平成30(2018)年3月に厚生労働省国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の地域別将来推計人口」によると、令和27(2045)年における総人口が平成27(2015)年に比べて2割以上減少する市区町村は、全市区町村数の73.9%を占める 1,243に上り、また、65歳以上の人口が50%以上を占める市区町村数は、全地方公共団体の3割近くを占める465に上ると推計されている。このような中で、山村においては、過疎化及び高齢化が今後も更に進むことが予想され、山村における集落機能の低下、更には集落そのものの消滅につながること が懸念される。

(過疎地域等の集落と里山林)
平成28(2016)年に国土交通省及び総務省が公表した「過疎地域等条件不利地域における集落の現況把握調査」の結果によると、条件不利地域における平成27(2015)年4月時点の集落数は75,662集落あり、また、99市町村において190集落が平成 22(2010)年4月以降消滅している。消滅した集落における森林・林地の管理状況については、これらの集落の59%では元住民、他集落又は行政機関等が管理しているものの、残りの集落では放置されている。また、過疎地域等の集落では、空き家の増加を始めとして、耕作放棄地の増大、働き口の減少、獣害や病虫害の発生、林業の担い手不足による森林の荒廃等の問題が発生しており、地域における資源管理や国土保全が困難になりつつある。 特に、居住地近くに広がる里山林等の森林は、これまで薪炭用材の伐採、落葉の採取等を通じて、地域住民に継続的に利用されることにより維持・管理されてきたが、昭和30年代以降の石油やガスへの 燃料転換や化学肥料の使用の一般化に伴って利用されなくなり、藪化の進行等がみられる。また、我が国における竹林面積は、長期的に微増傾向にあり、平成29(2017)年には16.7万haとなっているが、これらの中には適切な管理が困難となっているものもあり、放置竹林の増加や里山林への竹の侵入等の問題が生じている地域がみられる

(山村独自の資源と魅力)
一方、山村には、豊富な森林資源、水資源、美しい景観のほか、食文化を始めとする伝統や文化、生活の知恵や技等、有形無形の地域資源が数多く残されていることから、都市住民が豊かな自然や伝統文化に触れる場、心身を癒す場、子供たちが自然を体験する場としての役割が期待される。
山村は、過疎化及び高齢化や生活環境基盤の整備の遅れ等の問題を抱えているが、見方を変えれば、都市のような過密状態がなく、生活空間にゆとりがある場所であるとともに、自給自足生活や循環型社会の実践の場として、また、時間に追われずに生活できる 「スローライフ」 の場としての魅力があるともいえる。
平成26(2014)年6月に内閣府が行った「農山漁村に関する世論調査」によると、都市と農山漁村の交流が必要と考える者の割合は9割に上り、そのような交流等の機会を学校が提供する体験学習について、「取り組むべき」と考える者の割合も9割を超えている。また、都市住民のうち農山漁村地域への定住願望がある者の割合は 31.6%であり、前回調査(平成17(2005)年)の 20.6%よりも増えている。
平成27(2015)年に農林水産省が実施した「森林資源の循環利用に関する意識・意向調査」によると、緑豊かな農山村に一定期間滞在し休暇を過ごすことについて、「過ごしてみたい」と回答した者の割合は8割であった。これらの者が森林や農山村で行いたいことについては、「森林浴により気分転換する」、「森や湖、農山村の家並みなど魅力的な景観を楽しむ」、「野鳥観察や渓流釣りなど自然とのふれあい体験をする」等の割合が高かった。
平成30(2018)年3月に総務省が公表した「「田園回帰」に関する調査研究報告書」によると、複数の国勢調査時点における都市部から過疎地域各区域への移住者の増減をみると、平成12 (2000)年から平成22(2010)年にかけてよりも、平成22(2010)年から平成27(2015)年にかけての方が、都市部からの移住者が増加している区域数が多くなっている。また、平成22(2010)年から平成27(2015)年にかけて都市部からの移住者が増加している区域を人口規模別にみると、人口規模の小さい区域の方が増加区域数の割合が高くなっているほか、振興山村といった条件不利地域に該当する区域では、増加区域数の割合が非指定地域の数値と比べて高くなっている。また、民間団体による国勢調査を用いた人口動態等の分析においても、 過疎指定市町村(平成28(2016)年4月時点)の約4割で30代女性の増加が、約1割で実質社会増が実現されていることや、特に離島・山間部等の小規模町村で増加している傾向が明らかになっている。

(2)山村の活性化

(地域の林業・木材産業の振興と新たな事業の創出)
山村が活力を維持していくためには、地域固有の自然や資源を守るとともにこれらを活用して、若者やUJIターン者の定住を可能とするような多様で魅力ある就業の場を確保し、創出することが必要である。
平成30(2018)年 12月に閣議決定された「まち・ ひと・しごと創生総合戦略(2018改訂版)」においては、林業の成長産業化が地方創生の基本目標達成のための施策の一つに位置付けられている。
林野庁は、平成29(2017)年度から、地域の森林資源の循環利用を進め、林業の成長産業化を図ることにより、地元に利益を還元し、地域の活性化に結び付ける取組を推進するため、選定した地域を対象として「林業成長産業化地域創出モデル事業」を実施している。この中で、地域が提案する明確なビジョンの下で実施されるICT活用、ブランド化等のソフト面での対策に加え、ソフト面での対策と一体的に行われる木材加工流通施設等の整備に対して重点的に支援しており、成功モデルの横展開による林業の成長産業化の加速化を図っている。
農林水産省においては、山村の活性化を図るため、「山村活性化支援交付金」により、薪炭・山菜等の山村の地域資源の発掘、消費拡大や販売促進等を通じ、所得・雇用の増大を図る取組への支援を行うとともに、林業と加工や販売等を融合し、地域ビジネスの展開と新たな業態の創出を行う「6次産業化」の取組を進めており、林産物関係で昨年末までで100件の計画を認定している。さらに、農林水産省及び経済産業省は、農林漁業者と中小企業者が有機的に連携し、それぞれの経営資源を有効に活用して新商品開発や販路開拓等を行う「農商工等連携」の取組を推進しており、林産物関係では昨年末までに44件の計画を認定している。
さらに、内閣官房及び農林水産省は、「ディスカバー農山漁村むらの宝」として、農山漁村の有するポテンシャルを引き出すことにより地域の活性化、所得向上に取り組んでいる優良事例を選定し、全国へ発信している。

(里山林等の保全と管理)
森林の有する多面的機能の発揮には、適切な森林整備や計画的な森林資源の利用が不可欠であるが、 山村の過疎化及び高齢化等が進む中で、適切な森林整備等が行われない箇所もみられる。このような中、里山林等の保全管理を進めるためには、地域住民が 森林資源を活用しながら持続的に里山林等と関わる仕組みをつくることが必要である。このため、林野庁では、「森林・山村多面的機能発揮対策交付金」により、里山林の景観維持、侵入竹の伐採及び除去等の保全管理、広葉樹のしいたけ原木等への利用と、それらと組み合わせた路網や歩道の補修・機能強化等について、地域の住民が協力して行う取組に対して支援している(事例)。また、森林整備事業 により、間伐等の森林施業を支援するとともに、間伐等と一体的に行う侵入竹の伐採及び除去等に対しても支援している。

(農泊等による都市との交流により山村を活性化)
近年、都市住民が休暇等を利用して山村に滞在し、農林漁業や木工体験、森林浴、山村地域の伝統文化の体験等を行う 「山村と都市との交流」 が各地で進められている。  平成30(2018)年に実施された世論調査では、農山漁村に滞在するような旅行について、約半数が「今後旅行してみたい」と回答しており、このうち約6割が「自然・風景(山、川、海、棚田など)」を興味があることとして挙げた。
このような中、農林水産省では、インバウンドを 含めた旅行者に農山漁村に滞在してもらう「農泊」 ビジネスを、農山漁村の所得向上に向けた重要な柱として位置付け、平成29(2017)年度から、各地の取組を支援している。この一環として、美しい森 林景観や保養・レクリエーションの場としての森林 空間を、観光資源として活用するための体験プログラムの作成等に対する支援も行っている。森林散策 や林業体験等を中心とした農泊の取組の中には、国有林の「レクリエーションの森」を観光資源として活用する取組もみられる。
また、「子ども農山漁村交流プロジェクト」によって、子供の農山漁村での宿泊による農林漁業体験や自然体験活動等を推進できるよう、農林水産省では 山村側の宿泊・体験施設の整備等に対して支援して いる。

(多様な森林空間利用に向けて)
最近では、森林環境教育の場、アウトドアスポー ツ等のレクリエーションの場に加え、森林空間を積 極的に活用したメンタルヘルス対策や健康づくり、 ワーク・ライフ・バランスの実現のための場としての、新たな森林空間利用のニーズが高まっている。こうした中で、平成30(2018)年 10月、林野庁は、 中国、韓国の研究者、行政関係者を迎え、日中韓三か国が連携して、森林空間における保養活動を推進していくことを目的としたフォーラムを開催した。フォーラムでは、各国がそれぞれ実例や取組を発表するとともに、意見交換を行った。
また、森林・林業が医療・福祉、観光、教育等の 多様な分野と連携し、国民の価値観やライフスタイルの変革の動きに合わせた森林空間の利活用を通じて、新たな森と人との関わりを創り出す「森林サー ビス産業」への関心が高まっている。これを受け、林野庁では、平成31(2019)年2月、 「「森林サービス産業」キックオフ・フォーラム」を 開催し、多様な分野との連携・協働による「森林サー ビス産業」の在り方や、これを通じた地方創生に関する意見交換等が行われた。 また、併催イベントとして、山村地域を有する自 治体や観光関係・森林体験プログラム関係の事業者などの幅広い関係者を集めて「森林資源を活用した 観光促進に向けたマッチング・セミナー」を開催した。この中で、森林を観光資源として活用する新たなニーズや先進事例についての報告や、各地域にお ける課題等の解決に向け個別相談等を実施した。

事例 特殊土壌地の森林再生と里山林整備の取組
北海道蘭越町の「硫酸山」においては、1980 年代に行われた大規模な土砂採取によって、約3haにわたって 地表に黄鉄鉱注が露出し、酸性の硫酸塩土壌となり、20 年以上植物が一切生えないはげ山となっていたが、平成16(2004)年から、山林の所有者が個人で在来の森林を復活させる自然再生の取組を行ってきた。平成27 (2015)年には、所有者が代表となり、蘭越町住民が参加して「硫酸山の森を育てる会」を立ち上げ、「森林・山 村多面的機能発揮対策交付金」も活用したはげ山の自然再生やその周囲にある手入れ不足の里山林の整備を行っている。
この取組には、町外からも元森林管理署森林官や林業イラストレーター、教師、学生等の多様な者が参加し、アドバイザーとして活動をサポートしている。これまでの活動により、酸性硫酸塩土壌に森林を成立させる手法が確立され、「硫酸山」では先駆性樹種を主体とした若齢の森林が成立しつつあり、タラノキ等の山菜を含む多様 な在来樹木の植栽が可能になるなど、はげ山の自然再生や景観の改善が進んでいる。 同会は、今後も「硫酸山」の森林の保育・保全管理等の森林づくり活動、自然観察会等の森林教育活動、動植物調査も含めた森林生態系調査活動を継続するとともに、地元での講演等による活動の紹介を積極的に行い、自治会や地元集落にとって森林が身近で利用価値のあるものになるよう働き掛けていきたいとしている。

 

コラム 林業の外国人材受入れを巡る現在の状況
中小・小規模事業者を始めとした人手不足の深刻化を受け、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材 の受入れの取組を進めるため、新たな在留資格が創設され、平成31(2019)年4月から農業などの特定産業分 野で運用が始まる。このような情勢の中、林業分野においても外国人材の受入れについて議論が活発化している。 林業においてはこれまで外国人技能実習制度による外国人材の受入れが可能であったが、労働安全の確保の問 題等もあり、職種を問わない技能実習1号の活用実績も乏しく、技能実習2号の対象職種となっていない。この 制度は、開発途上国等の外国人を日本で一定期間に限り受け入れ、OJTを通じて技術を移転する国際貢献のた めの制度として平成5(1993)年に創設されており、平成30(2018)年末時点で、全産業で約31万人の実習生が在留している。
このような中、愛媛県では平成29(2017)年度からの3か年の事業として、林業分野での技能実習1号の受入れに必要な研修等を支援するモデル事業を実施しており、平成30(2018)年1月にベトナムから実習生を受け入れている。また、同年8月には愛媛県が、実習生受入れにかかる手続や経費、安全講習や実習体制等につい て行政、林業事業体、業界団体等への報告会を実施したところ、多くの参加者が集まり積極的な質疑が行われるなど、取組への関心の高さがうかがわれた。
加えて、業界団体において、現場技能者にとって必要となる技能の習得レベルを国として証明する技能検定制 度への林業の追加を検討することとなった。この検討は、技能検定の試験が技能実習2号の評価試験につながることから、労働安全の確保など林業従事者の処遇の改善に加え、外国人材受入れの議論の活発化にも資するため、 今後も更に検討が進むことが期待される。