「平成21年度食料・農業・農村白書」が6月11日(金)の閣議を経て公表され、国会に提出された。
 この白書の構成は次のとおりとなっている。
   第1部 食料・農業・農村の動向
    はじめに
    特集  新たな農政への大転換
    第1章 食料自給率の向上と食料安全保障の確立に向けて
    第2章 健全な食生活と食の安全・消費者の信頼の確保に向けて
    第3章 農業の持続的発展に向けて
    第4章 農村地域の活性化に向けて
    むすび
   第2部 平成21年度食料・農業・農村施策

 今回、このうち、「第4章 農村地域の活性化に向けて」の箇所を掲載します(図表は省略しています)。

第4章 農村地域の活性化に向けて
 本章では、農業の持続的な発展の基盤であり、農業のもつ多面的機能発揮の場である農村地域の「人口・集落等の動向」、「集落機能の維持と資源・環境の保全」、「農業・農村の6次産業化」、「都市との交流・人材の育成」に焦点を当て、その動向と課題等について、主として次の点を記述しています
○ 農村地域では、人口の大幅減、高齢化の進行により、集落機能や地域資源の維持に  も影響が出ているとともに、近年の景気悪化により就業機会が減少し、厳しい状況  にあること
○ 高齢者の多い小規模集落での集落機能を補完する動きがあるとともに、中山間地域  直接支払制度や農地・水・環境保全向上対策が各地で取り組まれていること
○ 農村地域の再生のためには、農業サイドによる加工・販売の取組や、農業と2次・  3次産業の融合による農村の「6次産業化」を進め、所得の向上、雇用機会の増大  等を図ることが重要であること
○ 農村地域の活性化を図るうえでは、グリーン・ツーリズムや子どもの農業・農村体  験の取組等を通じた都市との交流、都市からの人材の確保が重要であること
○ 厳しい状況にある農村地域において、明るい希望を与えるものとして、近年、全国  各地で若者を中心とした就農、援農、雑誌等を通じた農業への積極的なかかわり等  の動きが出てきていること

(1) 地域社会・農村地域の現状と課題
ア 農村地域の人口と就業機会の動向
(農村地域の人口は大幅に減少し、高齢化も進行)
 我が国の人口は、平成17年(2005年)に戦後初めて前年を下回り、その後ほぼ横ばいとなりましたが、平成20年(2008年)には再び前年より減少し、減少局面に入ったと考えられます。
 大都市圏と地方圏の人口移動の状況をみると、第二次世界大戦後、特に昭和30年代には、三大都市圏や太平洋沿岸に資本や産業が集中し、そこに農村の余剰労働力が流入したことから、地方圏から大都市圏への人口移動が多くなっています。オイルショック以降は地方圏の人口流出と流入が同程度でしたが、バブル期には再び地方圏から三大都市圏への移動が多くなりました。バブル崩壊後、数年は三大都市圏から地方圏への移動が多くなったものの、その後地方圏から三大都市圏への移動割合がふえ続ける傾向にあります。
また、人口集中地区(DIDs)の人口をみると、昭和45年(1970年)には全人口の54%でしたが、平成17年(2005年)には66%(84百万人)となりました。平成47年(2035年)には69%(76百万人)に達すると推計され、農村部から都市部への人口集中が今後さらに進むとみられています。人口に占める65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)は、平成17年(2005年)において、DIDsでは18%であるのに対し、DIDs 以外の地域(非DIDs)では24%に達しています。
 非DIDs において高齢化率が18%に達したのは平成7年(1995年)であり、非DIDsではDIDsに比べ10年程度早く高齢化が進行している状況にあります。
 さらに、非DIDs では、平成47年(2035年)において、人口が平成17年(2005年)の8割に減少するなかで、高齢者人口は1.2倍に増加、高齢化率は36%に達すると推計されています。
 農業地域類型区分別の人口分布をみると、平成17年(2005年)には、都市的地域に全人口の77%が集中する一方、平地農業地域では11%、中間農業地域では9%、山間農業地域では3%となっています。高齢化率は、都市的地域では18%であるのに対し、平地農業地域では23%、中間農業地域では27%、山間農業地域では32%となっています。また、一般世帯に占める高齢者世帯(世帯員全員が65歳以上の高齢者である一般世帯)の割合は、都市的地域で15%、平地農業地域で14%であるのに対し、中間農業地域では20%、山間農業地域では25%となっています。このように、都市より農村で、農村のなかでも中山間地域で、より高齢化が進行している状況にあります。
 平成17年(2005年)における農村地域での高齢化率を農業地域別にみると、関東と沖縄で低くなっていますが、すべての地域で全国平均20%よりも高く、特に、中国と四国で29%、九州で28%に達しています。
 また、平成17年(2005年)における農村地域での一般世帯に占める高齢者世帯の割合を農業地域別にみると、北海道を除く東日本で低く、沖縄を除く近畿以西で高い傾向にあります。高齢化率の上昇のみならず、高齢者世帯の増加は、今後の農村における集落機能の維持等に大きく影響すると考えられます。
(農業就業人口の割合が高い県で農村の高齢化がより進行する傾向)
 平成47年(2035年)における非DIDs の人口を都道府県別に推計すると、人口減少率が大きい地域は北海道、北東北、南近畿、西中国、四国、南九州となっています。この推計では、都道府県間の純移動率を用いていますが、都道府県内の農村部から都市部への人口移動を考慮すれば、農村の人口減少はさらに大きくなると推測されます。
また、高齢化率は、北海道、北東北、南近畿、西中国、四国、南九州で高い傾向にあります。
平成17年(2005年)の総人口に占める農業就業人口(販売農家)の割合と、平成47年(2035年)までの非DIDs の人口減少率、平成47年(2035年)の高齢化率との関係をみると、農業就業人口の割合の高い県において人口減少率や高齢化率が高いという傾向にあり、将来の我が国の農業生産への影響が懸念されます。
(近年の景気悪化により地方圏で活力低下が懸念)
 既にみたように、我が国の経済は着実に持ち直してきてはいますが、厳しい状況が続いています。地域別にみても、各地域で鉱工業生産指数が大きく減少するとともに、雇用者の給与水準や有効求人倍率が低下するなど雇用環境も悪化しています。
有効求人倍率の動向を地域別にみると、大都市圏を含む地域、それ以外の地方圏ともに大きく低下していますが、農村地域を多く含む地方圏においては、もともと有効求人倍率が低いなかで、さらに状況が悪化しています。このように、地方圏における就業機会は厳しい状況にあり、雇用者1人当たりの現金給与総額の減少の影響も加わり、地域の活力低下が懸念されます。

イ 農村の集落機能の状況
(無住化が危惧される集落の9割は中山間地に存在)
 農村社会は、農業生産活動を中心として、家と家とが地縁的につながった農業集落を基礎に維持・形成されています。平成17年(2005年)現在、全国に13万9千の農業集落(全域が市街化区域にある農業集落を除く)が存在し、そのうち、農業生産活動に不可欠な地域資源の利用や維持管理を共同で行うなどの集落機能があると確認されたのは、11万900集落となっています。
 農業集落の動向をみると、昭和55年(1980年)から平成2年(1990年)の間に2,255集落が、平成2年(1990年)から平成12年(2000年)の間では4,959集落が農業集落としての機能を失っています。平成12年(2000年)までの10年間に農業集落としての機能を失った農業集落について、農業地域類型区分別にみると、その5割が中山間地にあります。さらに、2000年農林業センサスのデータを用いて平成13年(2001年)以降に無住化が危惧される集落(北海道、沖縄県を除く。)を推計したところによれば、その数は1,403集落となり、うち中山間地にある集落は9割で、地域別にみると、山陽、北陸、四国において多くなっています。
(集落の小規模化・高齢化や急激な人口減少は、集落機能の維持に影響)
 特に過疎地域においては、集落の人口減少・高齢化によって、農地・山林等農村資源の維持管理や、農道や畦畔の草刈り等農業生産活動の補完、冠婚葬祭等生活の相互扶助といった集落機能が低下し、その維持が困難になることが懸念されます。
過疎地域等の集落では、その10%で機能が低下、5%で機能維持が困難とされています。また、集落機能の低下あるいは機能維持が困難とされる集落の割合については、世帯数が9戸以下の集落では5割、高齢者割合が5割以上の集落では4割、平成9年(1997年)から平成18年(2006年)の9年間で人口が50%以上減少した集落では6割、25〜50%減少した集落で3割とされています。
 一方、小規模・高齢化集落において、住民が生活するうえで一番困ったこと・不安なこととして、「近くに病院がない」、「救急医療機関が遠く、搬送に時間がかかる」、「近くで食料や日用品を買えない」等、生活に必要な基礎的サービスに関することが多くあげられています。
 年齢別にみると、世帯主の年齢が高くなるほど、「近くに病院がない」、「近くで食料や日用品を買えない」、「サル、イノシシ等の獣が現れる」ことを最も困っていることとしてあげる傾向にあります。また、世帯主が30〜64歳の世帯では、「近くに働き口がない」ことをあげる世帯主が多く、これらの世帯が地域で居住を継続するためには雇用の確保が必要といえます。世帯主が30、40歳代の世帯では、「子どもの学校が遠い」も多くなっています。
 また、別の地域に移りたい理由をみても、同様に生活上の理由が最も多くなっています。なお、「世帯の中で車を運転できる人がいなくなりそう」という割合も高くなっており、ここでも高齢化による影響がうかがえます。
(農業集落の維持のためには農業で十分な所得が得られるような対策が必要)
 平成21年(2009年)12月に行われたアンケート調査によると、集落内の農地・農業用水・農道等の農業生産資源を将来にわたって維持し続けることについて、農業者の9割が「維持し続けることは難しくなる」もしくは「どちらかといえば維持し続けることが難しくなる」としています。
 集落内の農業生産資源、農村資源を維持していくために必要な施策については、ほとんどの農業者は「農業で十分な所得が得られるような対策」をあげており、また「農村資源維持活動に対する支援対策」、「若者等の人材の確保対策」をあげる農業者も8割と多くなっています。
 このように、我が国の農業集落においては、人口減少・高齢化により集落機能が低下しているなかで、地域において十分な所得が得られることが求められており、戸別所得補償制度、農業・農村の6次産業化対策等各般の対策が必要になっていることがうかがえます。

ウ 農村地域の安全・安心な生活に資する集落基盤の整備状況
(汚水処理施設の普及率は人口規模の小さい市町村で依然低い)
 農村地域では、農業生産と地域住民の生活が同じ空間で営まれていることから、農業生産基盤と地域での生活を支える集落基盤が一体となっています。例えば、集落道と農道、さらに一般道が連続することによって、住まいや生産現場・勤め先、出荷先等がつながれ、農村地域における道路としての機能が果たされることになります。また、生活排水処理は、ほ場と住宅地が近接している農村において、農業生産のためにも欠かせないものです。
 集落基盤は着実に整備されてきているといえますが、汚水処理施設の普及率に関しては、市町村の規模で大きく異なり、人口5万人未満の市町村では7割にとどまっています。
 また、これを都道府県別にみると、9都道府県で9割を超える一方、8県で5〜7割未満、2県で5割未満になっているなど、差異が生じています。
(情報通信技術活用の推進が必要)
 我が国の情報通信基盤の整備については、情報通信技術が進んでいる国のなかでも最高水準にあります。情報通信技術は、農村地域においても、農産物をはじめとする地域資源の有効活用や、医療機関や商店等の不足といった条件不利性の克服の手段として、その一層の活用が期待されています。
 市区町村における情報通信技術の活用状況を総合活用指標の平均点でみると、政令指定都市や特別区、中核市・特例市では高くなっています。一方、それ以外の市、町村では低くなっており、また、全く活用していない市町村があるなど、活用状況にはばらつきがみられます。
 過疎地域を含む市区町村や高齢化市区町村では、福祉・保険、医療分野や産業・農業、交通・観光で集中的に情報通信技術を活用しているところもありますが、全域が過疎地域の市町村では、その5割が情報通信基盤整備・利活用の課題として、ブロードバンド化の遅れ・一部未整備等をあげています。
 今後、農村地域においては、地域情報化アドバイザーの活用等により、情報通信技術の活用の推進が必要であると考えられます。
(自然災害の多くは農地で発生)
 台風の通過や地震の発生の多い我が国において、水害をはじめとする自然災害は、毎年各地域で発生しています。平成19年(2007年)には、延べ453市区町村が家屋、農作物等に被害を受けました。
 平成4年(1992年)から平成19年(2007年)までの状況をみると、水害を被った区域の面積は1万〜7万ha、そのうち農地の面積は1万〜5万ha と変動がありますが、水害区域全体に占める農地の割合は7〜9割と非常に大きくなっています。
(農村資源の適切な管理が災害発生の抑制に効果)
 生産と生活の基盤が同じ空間にある農村において、農用地・農業用施設への自然災害による被害を未然に防止することは、農業生産の維持や農業経営の安定に加え、国土の保全や地域住民の暮らしの安全の確保にも貢献するものです。
 例えば、全国に21万か所あるため池は、農業用水の水源として利用されていますが、受益面積が2ha 以上のため池の4分の3は江戸時代もしくはそれ以前に築造されたものであり、老朽化したその堤体が決壊してしまうと、下流に甚大な被害を及ぼすおそれがあります。このため、ため池の適切な維持管理、補修や改修を行うことが、堤体の決壊による下流の農地や住宅、公共施設等への被害の未然防止策として重要です。例えば、平成21年(2009年)7月の中国・九州北部豪雨災害の際、山口県防府市では、改修されていたため池の堤体が上流からの土砂を受け止め、下流にある集落や公共交通施設への被害を最小限に防ぎました。
 地すべりは斜面災害の一つで、地下水の上昇等によって斜面の一部がある程度もとの形を保ったまま、比較的ゆっくりと下方に向かって移動する現象です。地すべり地は比較的緩やかな傾斜地を形成しており、古くから多くの地域で水田として利用されてきました。水田には、湛水を保持するための不透水層が形成されており、これが雨水の浸透による急激な地下水位の上昇を防いで地すべりを抑制しています。こうした地すべり地などでは、水田の見回りによる地すべり兆候の早期発見が期待され、その適切な対応によって災害の効果的な予防・軽減につながることになります。平成21年(2009年)2月、山形県鶴岡市七五三掛地区において、例年より早い融雪で、地下水が急激に上昇したこと等から地すべりが発生し、その後活動が活発化し、大規模化したため、農地や下流域への被害を防ぐための緊急対策が行われました。地下水を排除するなどの適切な対策により、同年7月以降は地すべり活動は沈静化しつつあります。
 このように、災害の発生を抑制し、安全で快適な農村を維持していくためには、ため池、農地といった農村資源を適切に管理していく必要があるといえます。
(ハード、ソフト対策と地域住民の取組を組み合わせた「災害に強い農村づくり」が重要)
 自然災害の発生は、抑制することはできても、なくすことは困難です。災害発生時または発生のおそれがある時は、都道府県や市町村が災害対策本部を設置し、指定地方行政機関や陸上自衛隊、警察、消防、指定公共機関等が連携して対策に当たります。
 しかし、地震等の災害発生時に、道路や通信手段が寸断され、集落が孤立することもあります。孤立する可能性のある農業集落は、特に山間を中心に17,406集落あり、なかでも長野県(1,276集落)と広島県(1,114集落)で多くなっています。災害が発生した際には、孤立した集落と市町村との間の通信を確保することはもとより、通信設備が使えなくなることも想定して、自主防災組織を中心とした体制の構築を図ることも必要となります。自主防災組織は、住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織で、災害発生時には、近隣住民相互の初期消火や救出、救護、避難誘導といった活動等が期待されます。
 自主防災組織の活動カバー率は、東海地震が発生した場合に大きな被害が想定されている県で高い傾向があるなど、都道府県によって差異があります。市町村別にみると、過疎地域等の条件不利地域で活動カバー率が低い傾向にあり、特に全域が振興山村、離島である市町村では5割となっています。
 安全で快適な農村の暮らしの実現のためには、国・地方公共団体による洪水対策や土砂災害対策等のハード整備とともに、ハザードマップや情報連絡システムの整備等のソフト対策のほか、地域住民による農村資源等管理活動への参画や自主防災組織結成といった対策を組み合わせた「災害に強い農村づくり」が重要です。

エ 鳥獣被害対策の取組
(特定の鳥獣の分布域が拡大し、有害鳥獣捕獲は大幅に増加)
 農林水産業に被害を与える野生鳥獣の生息分布域が全国的に拡大しています。昭和53年(1978年)から平成15年(2003年)にかけて、ニホンジカで1.7倍、ニホンザルで1.5倍、イノシシ(イノブタを含む)では1.3倍等と大きく拡大しています。イノシシ、シカは従来から狩猟の対象とされ、その捕獲数は年々増加していますが、この10年の間、特に有害鳥獣捕獲等による捕獲数が大幅に増加しています。サルについても、有害鳥獣捕獲等による捕獲数が平成10年度(1998年度)に1万頭に達し、平成18年度(2006年度)には1万5千頭となっています。
(鳥獣による農作物の被害額は200億円程度で推移)
 野生鳥獣による農作物被害額は、全国で200億円程度で推移しています。その内訳をみると、7割が獣類、3割が鳥類によるもので、獣類ではシカ、イノシシ、サルによる被害が9割を占めています。
 鳥獣被害は、収穫の被害を受けることで農業者の営農意欲を低下させること等により、耕作放棄地増加の一因ともなっていますが、同時に耕作放棄地の増加がさらなる鳥獣被害を招くという悪循環を生じさせており、被害額として数字に表れる以上に、農村の暮らしに深刻な影響を及ぼします。
(地域一体となった主体的・総合的な被害対策が進展)
 今後、鳥獣被害の防止に向けては、人の日常の活動域に野生鳥獣が入り込まないよう、棲み分けを進める必要があります。そのためには、野生鳥獣の生息にも資する適切な森林施業とともに、ほ場に餌となるようなものを残さない取組、耕作放棄地の解消、緩衝地帯の設置等による生息環境の管理、捕獲による個体数の調整、侵入防止柵の設置等を総合的に行うことが重要です。
 平成20年(2008年)2月に施行された鳥獣被害防止特措法に基づき、これら取組を行うため、全国1,727市町村のうち933市町村が被害防止計画を作成しており、平成22年度(2010年度)中に、さらに122市町村が作成を予定しています。
 一方、有害鳥獣捕獲の担い手である狩猟者は年々減少傾向にあるとともに、高齢化が進行しており、その育成・確保が課題となっています。また、捕獲鳥獣の処理の負担も課題となっていますが、捕獲鳥獣の肉等を地域資源として利活用する事例が全国的にみられます。

(2) 集落機能の維持と多様な地域資源・環境の保全
ア 農業・農村のもつ多面的な機能
(農業・農村のもつ多面的機能の十分な発揮が必要)
 食料・農業・農村基本法にあるように、農業は、食料を供給する役割だけでなく、その生産活動を通じ、国土の保全、水源のかん養、生物多様性の保全、良好な景観の形成、文化の継承等、様々な役割を有しており、その役割による効果は、地域住民をはじめ国民全体が享受しています。また、農業は、農山漁村地域のなかで林業や水産業と密接なかかわりがあり、農林水産業の重要な基盤である農地、森林、海域は、相互に密接にかかわりながら、水や大気、物質の循環に貢献しつつ、様々な多面的機能を発揮しています。
 このようなことから、農業・農村がこれら多面的機能を十分発揮できるよう、その持続的な発展に努めていくことが必要です。

イ 集落機能の低下を補完する取組
(小規模・高齢化集落の多い地域で集落機能を補完する動き)
 近年、小規模・高齢化集落の多い地域において、集落を支援する人材の配置や、集落型特定非営利活動法人1の設立等により集落機能を補完する動きがあります。平成20年度(2008年度)より、集落の巡回や状況把握等を行う集落支援員の設置をはじめとする、過疎地域等における集落対策がはじまりました。初年度の平成20年度(2008年度)には、都道府県としては11府県、市町村としては26道府県の66市町村が取り組み、専任の集落支援員が199人、自治会長等と兼務の集落支援員が2千人程度設置されています。
 他方、このような集落をかかえる過疎市町村では、人口減少、高齢化により、税収不足の一方で経常支出が増大し、集落機能を補完するなどの施策を講じるための財源が乏しくなっています。
 そこで、今後は、資源管理や生産補完、生活扶助といった集落機能を、地域住民と地方公共団体以外の新たな主体で補完していくことが必要になります。また、生活支援・環境保全・資源活用の活動を複合的に実施している一部地域の取組に着目し、今後の農山漁村コミュニティの維持・再生について、国と地方の役割分担を踏まえて政府一体となって検討していくことも必要です。
 さらに、集落が無住化した場合でも、そこに存在する森林や農地、道水路といった地域資源を適切に管理していくことが必要です。元住民による通作や、近隣の集落等の住民による管理等が考えられますが、森林や農地等の資源の所有者は、適切に管理がなされるように必要な手段を講じる必要があります。

ウ 中山間地域等における取組
(中山間地域は国土の7割)
 平野の外縁から山間に至る中山間地域は、我が国の国土面積の7割を占めており、我が国の農家戸数や経営耕地面積の4割、農産物販売額の3割を占める重要な農業生産地域です。また、都市や平地農業地域の上流部に当たり、中山間地域において発揮される国土の保全をはじめとする農業の多面的機能は、多くの国民が享受しています。
 農業地域別に中山間地域の割合をみると、東山、四国、中国、東北、北陸で8割となっていますが、中山間地域のなかでも、山間農業地域と中間農業地域の比率に相当な差があり、それぞれの地形や気象の条件に応じた様々な農業が展開されています。
(中山間地域の多くが過疎や振興山村等条件不利地域)
 中山間地域の農業集落(72,300集落)の67%は特定農山村法に基づく特定農山村地域にあり、53%は過疎法に基づく過疎地域、39%は山村振興法に基づく振興山村地域にあります。これらの指定がいずれもない地域の集落は、都市的地域では90%、平地農業地域では75%になっている一方、中山間地域では21%にとどまっています。また、中山間地域にある農業集落はDIDs までの所要時間30分以上が5割、1時間以上が1割となっています。
 さらに、中山間地域では、その立地条件から傾斜や小区画・不整形等農地の制約があり、経営規模や経営コストの点で平地と格差があるため、営農を継続するためには、この格差を補正することが必要です。これら中山間地域では、農業就業者の減少・高齢化が続くなか、耕作放棄の拡大のおそれがあり、農業の多面的機能の低下が懸念されています。
(条件不利の補正を目的に中山間地域等直接支払制度が実施)
 平地に比べ農業生産条件が不利である中山間地域を中心に、農業生産の維持を図りつつ多面的機能を確保する観点から、平成12年度(2000年度)より中山間地域等直接支払制度が実施されています。この制度のもと、地域振興立法等の指定地域の急傾斜や小区画・不整形といった条件不利な農地において、集落協定または個別協定に基づき5年以上継続して行われる農業生産活動に対して直接支払いが行われています。平成20年度(2008年度)までに28,757協定が締結され、66万4千ha の農用地で実施されています。

エ 農地・水・環境保全向上対策の取組
(農地・農業用水等の資源は地域の共同活動等を通じて維持・保全)
 農地、農業用水、農道等は、食料の安定供給の確保や農業の多面的機能の発揮に不可欠な社会共通資本です。水路や農道のうち基幹的な施設については、土地改良区等により管理されますが、ほ場の周辺については、農業生産活動や農家を主体とする地域の共同作業等を通じて一体的に維持・保全が図られています。
(農地・水・環境保全向上対策は取組面積が拡大)
 農地や農道・水路については、適切に維持管理されず機能を失ってしまうと、復元に多大な時間と経費が必要となります。そこで、農地・農業用水等の資源を、地域住民や特定非営利活動法人等非農家も含む地域ぐるみの共同活動により保全するための活動と、環境への負荷を軽減する先進的な営農活動とを一体的に支援する「農地・水・環境保全向上対策」が平成19年度(2007年度)より開始されました。その取組面積は年々増加し、平成21年度(2009年度)には、取組面積が142万ha となっています。 活動組織は19,517組織あり、農地や農業用施設の点検、草刈り、泥上げといった基礎的な維持管理活動に加え、機能診断や初期補修等の農地や施設の長寿命化にかかる活動、生態系保全や景観形成等の農村環境の向上活動に取り組んでいます。本対策の活動組織の構成員をみると、平成20年度(2008年度)において、全国で147万人・団体、このうち非農業者35万人・団体が、本対策の活動組織の構成員となり共同活動を実施していますが、共同活動の延べ参加人数の内訳をみると、3分の1は非農業者となっています。
 また、環境への負荷を軽減する先進的な営農活動を行う活動組織が2,870組織あり、7万9千ha の農地において、化学肥料・化学合成農薬の使用を低減するなどの環境保全型農業が展開されています。
(施設の質的向上活動は施設の機能維持に効果を発揮)
 平成21年度(2009年度)に実施した活動組織に対するアンケート調査によると、本対策に取り組んだことにより、将来(10年先まで)にわたって開水路、農道の機能維持が図られるという回答が多くなっています。具体的にみると、活動の対象となる開水路について、本対策に取り組んだことにより、ほぼ全部または大半の開水路で「10年先まで支障なく水が流れる」とする組織が対策実施前の30%から73%に増加しています。
 また、活動の対象となる農道についても、本対策に取り組んだことにより、ほぼ全部または大半の農道で「10年先まで支障なく車の通行が可能」とする組織が対策前の39%から81%に増加しています。
 さらに、活動を通じて「資源や環境は自分たちで守り、子どもたちや若い世代にきれいで良好な農村環境を引き継がなければならない」と集落のほぼ全員または大半の住民が意識するようになった地域の割合が、対策前の26%から57%と大幅に増加しています。

オ 都市農業の役割
(都市農業には農産物供給、緑地空間提供等の多様な役割)
 都市農業(都市部とその周辺地域の農業を指す)は、全農家戸数の25%、全経営耕地面積の15%、販売金額の18%を占めており、野菜や花き、果樹等の生産が多く行われています。また、全国の市街化区域内の農地面積は9万ha(全農地面積の2%)で、そのうち16%が都市部に残されている農地の計画的な保全を図ることを目的等とした生産緑地地区に指定されています。三大都市圏においては、生産緑地地区の面積は1万4千ha とほぼ横ばいで推移しています。
 都市農業については、消費地に近いという利点を活かした新鮮な農産物の供給といった生産面での重要な役割のみならず、身近な農業体験の場の提供、災害に備えたオープンスペースの確保、「やすらぎ」や「うるおい」をもたらす緑地空間の提供、都市住民の農業への理解の醸成等、多様な役割を果たしています。
 東京都が都政モニターを対象に実施したアンケートによると、56%のモニターが農作業体験をしたいと考えています。このうち、市民農園等での家庭菜園をやってみたいと考えている者の割合が最も高く58%、次いで、農家が経営する農業カルチャースクールのような農業体験農園に参加したい者が40%となっています。
 このように、農業体験への高い関心を受けて市民農園の数も年々増加し、平成20年度(2008年度)末には3,382か所となっています。これらの市民農園は、レクリエーション、自家消費用の野菜や花きづくり、児童の教育等の多様な目的で都市住民に利用されています。
 今後、都市農業が果たしている多様な役割を維持するため、地域農産物の学校給食への使用、子どもを対象とした農業体験や食育の推進、市民農園の整備等を通じた都市農業の振興をさらに進めていくことが重要です。

(3) 地域資源の活用と2次・3次産業との融合等による農業・農村の6次産業  化の推進
ア 農業・農村の6次産業化の必要性
(農村の再生・活性化のため農業・農村の6次産業化が重要)
 農業・農村の活力の低下は、我が国全体の最終飲食費が減少傾向にあるなかで、国内農林水産業の帰属割合が昭和55年(1980年)25.7%、平成7年(1995年)14.2%、平成17年(2005年)には12.8%と低下していることにも表れています。今後、農業や農村の再生・活性化を図っていくためには、戸別所得補償制度等による農業経営継続のための環境整備のほか、農林水産物をはじめ農村に存在する資源を有効に活用し、農業サイドによる生産・加工・販売の一体化、1次産業としての農業と2次産業としての製造業、小売業等の3次産業の融合等による地域ビジネスの展開と新たな業態の創出を促し、農村の活性化に寄与する「農業・農村の6次産業化」を推進していくことが重要となっています。
 この取組は、農山漁村に由来する様々な「資源」と、食品産業、観光産業、IT 産業等の「産業」を結び付け、新たな付加価値を地域内で創出するものであり、このことによって、地域の雇用と所得の確保が図られます。
 具体的な取組としては、@地域産物を使った食品等の開発・販売や農産物直売所の運営といった地域の農林水産物の加工・販売、A農家民宿の開業や農村体験の受入れといった地域の景観や伝統文化等を活かした観光の取組、B技術革新、農商工連携等を通じた新素材や新商品の開発、他産業における革新的な活用方法の創出等、C地域に豊富に存在する稲わら等の未利用資源や食品残さ等のバイオマスを活用したエネルギー、プラスチック等の生産、Dいまだ十分な活用が図られていない太陽光・水力・風力等の再生可能エネルギーの利用拡大等が考えられます。
 今後、このような地域ビジネスや新事業の創出を推進するためには、専門的アドバイスを行うコーディネーターの確保、企業と産地のマッチング等を円滑に行っていくことが課題となっています。
(農村世帯の7〜8割を占める非農家も含め、所得と雇用の確保が必要)
 我が国の農村地域において、農家数は214万戸であり、一般世帯956万世帯の2割程度と推計されます。農業地域別の農家割合をみても、北海道では1割と最も低いほか、他の地域でも2〜3割となっており、農村地域でも農家より非農家の方が多く居住している実態にあります。
 このため、農家・非農家ともども農業・農村の6次産業化に取り組み、地域の雇用と所得を確保し、若者や子どもが将来にわたって農山漁村に定住できる地域社会の構築を目指していく必要があります。
(異業種・異分野との連携も重要)
 農業・農村の6次産業化の取組に当たっては、農林水産業のパートナーとして、加工や販売についての知識・ノウハウ、技術等を有する食品産業等と連携を図っていくことも重要となります。
 例えば、農業者・産地と商工業者とが連携することにより、農林水産物・食品の良さを活かしつつ、消費者ニーズに合致した商品やサービスの提供が可能となり、農林水産物・食品の販路拡大等が期待されます。農業者や産地が自ら加工施設をもたなくても、規格外品や低利用・未利用の農産物等の有効活用につながる場合もあります。また、戦略的な連携により、商工業者の有する技術やノウハウ、人材といった経営資源の共有・蓄積が促され、農業経営の改善に資する場合もあります。
 農商工等連携促進法に基づき、認定された農商工連携事業計画の取組類型別件数をみても、需要・販路の拡大、規格外・低未利用品の有効活用が多くなっています(表4-2)。
なお、農商工連携に対する理解が浸透するにつれ、農業者や商工業者をはじめ、地方公共団体等地域の関係者が積極的に農商工連携に取り組む動きが広がっています。しかし、「連携先の商工業者がみつからない」、「どのような連携を目指すべきかわからない」等様々な課題があることから、商品開発、マーケティング等の様々な専門分野の知見を有する者をコーディネーターとして紹介し、課題を解決するシステムとして、「食農連携コーディネーターバンク」が創設されています(登録は120(個人114人、企業6社)(平成22年(2010年)3月末現在))。

イ 農業・農村の6次産業化に向けた取組
 農業・農村の6次産業化に向けた先進的な取組が、これまで各地で行われてきました。しかしながら、一部に限られたものとなっており、今後、これらの取組が全国各地の農山漁村で展開され、雇用の確保と所得の向上等を通じ、「活力」、「若者」、「笑顔」が再び取り戻されることが期待されます。
(地域農産物等を活用した加工)
 例えば、生産者が企業や研究機関と連携し、それぞれがもつノウハウや技術を効果的に活用して、地域の農産物を加工・販売する取組を展開する動きが現れてきています。
 千葉県南房総市では、旧富浦町の出資により設立された第三セクターが、地域特産のびわの実や葉の加工に取り組んでいます。旧富浦町はびわ栽培の北限に位置していますが、首都圏にあって大消費地に近いことから、古くからびわの生産が行われてきました。しかし、びわについては、収穫期間が初夏の1か月間と短く、収穫量全体のうち規格品として市場に出回るのは7割であり、規格外品は廃棄されていました。また、地域ではびわの生葉を煮出したものが「びわ茶」として飲用されてきたものの、びわの剪定で発生する葉は廃棄されていました。
 第三セクターにより、びわのジャム、缶詰、ピューレへの加工、びわ茶、びわのピューレを利用したソフトクリームや菓子、レトルトカレーといったびわに関連する多くの商品の開発が行われています。そのうち第三セクターが製造するのは、ジャムや缶詰、ピューレ、びわ茶、ソフトクリームで、設備投資をあまり必要としないものとなっており、その他の商品は製造を外部に委託しています。
 規格外品のびわの活用によって農家の収入が増加することはもとより、びわの葉の活用のための剪定によってびわの収量が増加するという効果があり、それが加工原料となるびわの確保につながっています。
 このような地域農産物を活用した加工の取組においては、農家の収入の増加が期待される一方、加工原料である農産物の安定的な確保のための工夫が重要となります。また、加工施設の整備といった初期投資が必要となり、加工の度合いや加工品の種類等によって設備や費用が大きく異なることから、資金の確保や外部への製造委託の方策等を十分講じていく必要があります。
(地域資源を活かした観光の取組も重要)
 前述の南房総市の第三セクターは、自らいちご園や花摘み体験農園を開設するとともに、周辺の農家の協力を得てびわ狩り等の農業体験受入れにも取り組んでいます。花摘み体験農園が開園している時期は、花き農家が花摘み客を対象とした農産物直売所を設けています。体験農園の花が美しくないと農産物直売所の売上げに影響することもあり、花き農家が体験農園で栽培の指導や手伝いをしたり、体験農園の片隅に導入したい品種の試験栽培をして栽培技術を学んだりと、第三セクターと花き農家が連携しています。
また、南房総には、団体客の受入れが可能な飲食店が少なかったことから、昼食時に旧富浦町内の民宿を活用するとともに、どの飲食店・民宿でも同じ料理が提供できるよう、メニューの統一化を図り、団体客の受入れに対応しています。
 第三セクターは、これらの飲食店やびわ狩り受入農家への指導をしたり、旅行会社のツアー受入れに際し、団体客の割り振り、飲食や体験代金の支払代行、集客の確認、苦情処理等を行い、旅行会社と地域の農家の双方にメリットがある取組を行っています。
以上のような農産物の加工・販売、観光への取組により、旧富浦町では80人程度の雇用(うち9人が正規雇用)が創出されるとともに、びわや飲食店の売上げ等で2億4千万円の経済効果が発生しています。
(未活用の再生可能エネルギー資源の利活用)
 農村には、バイオマスのほか、小水力、太陽光、風力といった様々な再生可能なエネルギー資源が存在しています。
 例えば、4万ha の土地に太陽光パネルを設置した場合、240億kwh/年の発電量が見込まれ、これは一般家庭650万世帯分の電力量に相当します。水力発電では、2,700地点で今後開発が可能とされており、その発電量は458億kwh/年で1,250万世帯の電力量に相当します。このほかにも、農業用水路等で未利用の水力エネルギーが存在します。農村では、このような再生可能エネルギーを活用し、電力を農業関連施設や公共施設に供給している地区も一部みられます。
 バイオマスを含むこれら未利用エネルギーを有効活用することは、「農業・農村の6次産業化」の大きな鍵を握るとともに、地球温暖化対策の面からも大きく貢献できる可能性を秘めており、今後、再生可能エネルギー供給施設の整備、技術的・制度的なエネルギー生産環境の整備等を通じて、積極的に取り組んでいく必要があります。

(4)都市と農村の交流・人材の育成
ア 都市と農村の交流の取組
(農業・農村とのかかわりをもちたい都市住民は多数)
 平成21年(2009年)12月に行われたアンケート調査により、「今後、農業・農村とどのようにかかわっていきたいか」についての都市住民の意識をみると、「地域農産物の積極的な購入等により、農業・農村を応援したい」、「市民農園等で農作業を楽しみたい」という者が多いほか、「グリーン・ツーリズム等、積極的に農村に出向いて農業・農村を応援したい」、「援農ボランティア等、農村に出向いて農業・農村を応援したい」といった農村との積極的な交流を望む者も多くみられます。
 このようなニーズに対応し、都市と農山漁村がお互いの地域の魅力をわかちあい、「人・もの・情報」の行き来を活発にしていくという観点から、都市と農村を双方向で行き交う新たなライフスタイルの実現を進めていくことが大切です。近年、「体験型・交流型」旅行に対するニーズが高まっていますが、グリーン・ツーリズムを含む「新たな旅(ニューツーリズム)」への参加に当たっては、自然、食文化、祭りや伝統芸能等、農山漁村に関係するものに多くの期待が寄せられています。また、旅行者が農山漁村に旅行にいく場合に望む過ごし方についても、「おいしい食を楽しむ」こと、「美しい農山村風景を訪ねる」こと、「里山をのんびり歩く」こと等が主なものとしてあげられており、地域資源への期待が大きいことがうかがえます。なお、平成19年(2007年)に政府全体で策定された「観光立国推進基本計画」でも、グリーン・ツーリズムが「ニューツーリズム」という新たな観光分野として位置付けられています。
(グリーン・ツーリズムの取組)
 農山漁村地域において自然、文化、人々との直接的な交流を楽しむグリーン・ツーリズムは、やすらぎ、いやし、農作業等の体験を通じた教育、健康の維持・増進、食育等、都市住民の様々な期待にこたえることができるものです。このグリーン・ツーリズムには、日帰りから長期的または定期的・反復的な滞在である二地域居住まで様々なものがありますが、関連施設への宿泊者数は年々増加し、平成20年(2008年)には800万人を超えています。
 グリーン・ツーリズムについては、平成22年度(2010年度)から開始される「ようこそ!農村へ」プロジェクトと同様、今後、関係者で連携して、裾野を広げる取組を進める必要があります。その際、農山漁村地域の受入体制の整備、体験内容の充実や、地域資源の差別化に向けた広報宣伝等に取り組むことが重要です。
 また、近年、「ようこそ!農村へ」プロジェクトでも対象としている、外国人を対象とした国際グリーン・ツーリズムが注目されています。この取組は、日本らしい自然・文化を残す農山漁村での滞在を通じ、我が国独自の農村の風土や文化、ひいては食料・農業・農村を理解してもらう点で大変有益であると考えられます。

イ 子どもの農業・農村体験の取組
(子どもの農業・農村体験は重要であり、多くの学校で農業体験学習)
 都市と農村の交流を進めるうえでは、グリーン・ツーリズムと並んで、子どもの農業・農村体験の取組が重要です。また、子どもに農業・農村体験をさせることは、農業への理解と関心を深めさせるのに大きな効果があるだけでなく、食や食生活にも興味をもたせたり、様々な人たちと出会い、交流していくなかで、人間関係を構築する力を身につけ、人間性を向上させたりするのに効果があるといわれています。
 これら取組のうち、学校における農業体験学習は、近年広がりをみせており、小学校の80%、中学校の36%で行われています。農作業体験では、稲やいも類、野菜等の農作物を扱うことが多く、これらの収穫や、種まき、施肥・除草等の栽培管理等を行うことが多くなっています。また、農畜産加工体験に関しては、もちの加工や豆腐づくり等が多くなっています。
(子ども農山漁村交流プロジェクトの取組)
 農山漁村地域での生活体験を推進するための「子ども農山漁村交流プロジェクト」が平成20年度(2008年度)より開始されていますが、平成21年度(2009年度)の受入モデル地区は、前年度より3県37地域増加し36道県90地域となりました。このプロジェクトで子どもを受け入れた農林漁家の評価によれば、参加した子どもが、「挨拶をするようになった」、「食欲が増した」等、日常生活面で大きな効果があったとの報告があります。また、引率教員等の評価を用いた分析からは、動物に直接触れる畜産農家の体験では、生命への関心、協力・連帯感、コミュニケーション力等において、収穫の喜びを実感できる野菜農家の体験では、生命への関心、挨拶や感謝の心、チャレンジ精神等において、それぞれ高い教育効果が発現したとされています。その他、「子ども農山漁村交流プロジェクト」や教育旅行等による子どもの農業・農村体験をきっかけにして、再び家族や友人等とその地を訪れるなどの事例もみられ、今後これらの子どもや家族等が地域の良き理解者となることが期待されています。
 しかし一方で、このプロジェクトを実施している学校からは、「教員の人手不足」、「時間不足」、「準備に時間がかかる」、「経費がかかる」等、負担が大きいとの指摘がなされています。
 今後は、このような負担を軽減するために、学校と受入れ先を結び、円滑にプロジェクトを実施するコーディネーターの役割を担う組織の育成が重要となります。

ウ 農村の活性化に向けた多様な人材の確保
(都市住民の農村地域への移住・交流は増加)
 農村の活性化を図るためには、二地域居住や定住、UJI ターン等を通じた人材の確保が必要です。都市からの移住・交流者を受け入れた地域の住民の意識をみても、「人口減少に歯止めがかかった」ことはもちろんのこと、「産業・経済が活性化した」こと、「コミュニティが活性化した」こと等が地域に与えたプラス面の影響としてあげられています。
 近年、豊かな自然や気候等、農山漁村の魅力に惹かれて、都市部から移住する願望をもつ若者や団塊の世代が増加し、また受入れを希望する地域も増加しています。
 一方、都市部の住民が、移住・交流先を選択するうえで重要視したこととしては、「豊かな自然環境があること」、「接しやすい雰囲気の地元の方が多いこと」、「気候が良いこと」、「交通アクセスが良いこと」等があげられています。また、情報の収集方法に関しては、現地で実践している人から情報を得たり、田舎暮らし雑誌やインターネットを通じて情報収集した者が多くなっています。
 このような声があるなかで、今後、都市から農村への定住等の一層の促進を図るためには、地方自治体等による受入体制、交通アクセス、教育や居住面の環境整備等を推進するとともに、都市部の住民への十分な情報発信も重要となっています。
(「田舎で働き隊!」事業は定住に効果)
 農村地域の活性化のための活動促進や人材育成を目的に、平成20年度(2008年度)から「田舎で働き隊!」事業が始められています。平成20年度(2008年度)においては、2,479人が参加した1週間程度の短期研修を42道府県、69の機関で受け入れました。参加者の内訳をみると、学生38%、無職(求職者)21%、正社員・正職員16%であり、年齢別にみると、20歳代と20歳未満の若者が合わせて過半数を超えています。研修内容は、「農作業の体験」が最も多く、次いで「地元農林水産物の加工・販売等」等地域ビジネスに関連するものや、「農村景観・伝統的家屋等の維持・保全」、「棚田・里山・用水路等の管理・保全等」等地域資源の保全に関連するものが多くなっています。
 これら研修は、約1週間程度の短期研修であったにもかかわらず、83人(うち39歳以下が59人)の研修者が農山漁村へ定住し、就農したり、地域の農業団体やNPO等に就職するなどの効果がありました。なお、平成21年度(2009年度)「田舎で働き隊!」事業では、最長10か月の長期研修を行っており、さらなる定住、就農・就職効果が期待されます。
(農村活性化のためには関係機関による人材のマッチング等が必要)
 農村が人材不足の問題をかかえる一方、都市においては、農業・農村への関心をもつ者が多く存在します。また、社会的な貢献活動は一層活発化していくものと考えられます。このようななか、今後、都市にいる人材を一層活用するとともに、農業・農村の関係機関と、企業や大学、NPO、都市住民等、様々な団体との協働・連携を進めることがますます必要になってきます。
 このため、都市側・農山漁村側双方のニーズを的確に捉え、農村地域での活動を希望する都市部の人材の募集、農村地域と人材のマッチング、農村地域への人材派遣等に取り組むコーディネーターを育てていくことが重要となっています。

エ 若者による農業・農村への積極的かかわり
(多くの農業高校で農産物のブランド化等、様々な取組)
 1960年代から1970年代には500校ほどあった農業高校は、少子化等の影響で統廃合が進み、現在では333校に減少し、生徒数も平成21年(2009年)では87,636人、高等学校の全体の生徒数の3%程度となっています。しかし今、農業高校は、我が国の農業・農村のおかれた厳しい情勢を少しでも改善していきたいとの思いから、若い力を発揮して様々な取組を行っています。例えば、農業高校生が地元特産の作物を育て加工した製品、いわゆる「農業高校ブランド」の商品づくりが多くの学校で行われています。また、鳥獣被害や地球温暖化対策等、農業・農村全般にかかわる取組等も行われています。
 現在、農業高校卒業生の進路は、23%が専修学校、15%が大学や短期大学への進学、51%が他産業への就職、2%が就農等となっていますが、今後、これらの取組を通じて、卒業生が新規就農者や農業・農村活性化のためのコーディネーター等として活躍することが期待されます。
(若者による農業への積極的なかかわり)
 最近、若者の間で農業への関心が高まり、いろいろな形で農業にかかわる動きが出てきています。これら若者の取組が始められたきっかけは、農業・農村の将来への危機感、雇用不安、食・農村・自然への関心等様々なものがあると考えられます。また、その内容も、@自ら就農する取組、A農村におもむき地域の活性化に参加する取組、Bマーケティング等で農産物の販売を支援する取組、C若手農業者組織が自主的に行う啓蒙活動の取組、D雑誌等を通じて農業・農村の魅力を伝える取組等多種多様なものがあります
(「農」に対する消費者等の支援)
 これまでは、農業・農村を支える取組は主に行政や農業関係団体によって行われてきましたが、近年、各地において消費者等が応分の負担を行いつつ、農業者・農村を主体的に支えようとする動きがみられるようになっています
(若者や消費者等の取組は未来に大きな希望)
 農業者の減少・高齢化、後継者や若者の不在、地域の活力低下等、農村では厳しい状況がいわれ続けています。一方で、近年の景気悪化もあり、平成21年(2009年)では15〜24歳の若年層のうち、中高卒者の完全失業率が年平均14%と過去最悪になるなど、若者も含め雇用環境は非常に厳しくなっています。未来に向けて「夢と希望のある農業・農村」を目指すためには、このような「若者を求める農村」と「職を求める若者」等とのミスマッチを解消していくことが必要と考えられます。
 既にみたような昨今の若者、消費者等の取組や支援については、決して一過性のものとせず、継続的に行われるようにしていくことが重要です。各地で若者等を取り込み、農村地域の活性化等に成功している取組をみると、地域の関係機関等の熱心な支援やコーディネーターの活躍があります。今後これらをより盛んにしていくため、全国・地域段階でしっかりしたサポートを行うことが一層重要となっているのではないでしょうか。

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