平成21年度に対策期間が終了する中山間地域等直接支払制度の今後のあり方について、農林水産省農村振興局に設けられた第三者機関である「中山間地域等総合対策検討会」(学識経験者10名の委員と町村長2名の専門委員とで構成)において11回にわたり検討が行われてきたが、8月6日に開催された第41回中山間地域等総合対策検討会において「中山間地域等直接支払制度の効果検証と課題等の整理を踏まえた今後のあり方」として最終報告が取りまとめられた。 その内容は次のとおりとなっている。 |
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平成21年8月6日 |
はじめに 中山間地域等の農業・農村は、食料生産の約40%(平成17年度農業総生産額)を担うのみならず、その有する多面的機能によって、都市住民を含む多くの国民の生命・財産を守り、豊かな暮らしを実現する上で大きな役割を果たしている。 しかしながら、平地に比べ自然的・経済的・社会的条件が不利な中山間地域等では、過疎化・高齢化等の進行に伴う耕作放棄地の増加等により、農業生産力と多面的機能が低下しつつあり、国民全体にとって大きな損失が生じることが懸念されている。 このような状況を踏まえ、中山間地域等直接支払制度は、中山間地域等において、平場との農業生産条件の不利を補正するための支援を行うことにより、適切な農業生産活動の継続による多面的機能の確保を図ることを目的に、我が国農政史上初の試みとして平成12年度から実施しているものである。 本制度は、平成12年度から16年度までを第1期対策として実施し、現行第2期対策は、平成17年度から平成21年度までの5年間を対策期間として実施しているところであるが、直接支払制度として広く国民の理解を得つつ実施していくことが重要であるとの観点から、中立的な第三者機関である本検討会において、中山間地域農業をめぐる諸情勢の変化や本制度の実施状況等を踏まえた検討を行うこととされている。 本制度については、本年5月までに都道府県知事からの評価が報告されており、多くの都道府県からは本制度による耕作放棄の発生防止や集落の活性化等の効果について評価されているが、その一方で、実施状況を踏まえた活動の取組等に関する各種の課題についても報告されているところである。 本検討会は、本年3月以降、11回にわたり、本制度に対する評価・検証を踏まえつつ、現地調査、行政団体・農業団体からの意見聴取を行い、制度の検証と今後のあり方等の検討を行ってきた。 今後、農林水産省において、この検討結果を踏まえ、中山間地域等における耕作放棄地の発生防止、多面的機能の確保等の効果が的確に発揮されるよう、本制度の見直しに向けた検討が行われることが期待される。 |
1 | 農業生産条件の不利を補正するための「直接支払い」という政策手法の意義や今日的位置づけ |
我が国農政史上初の試みとなる本制度の創設から約10年が経過した今日の時点において、日本型といわれる直接支払制度を構成する主要な要素や第2期対策から導入した自律的かつ継続的な農業生産活動を促進するための仕組み等に対して、本制度に取り組む農業者や地方公共団体等から様々な観点からの意見が制度の課題として寄せられている。 本制度による交付金の効果等については、 |
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・ | 各都道府県の最終評価(都道府県に設置する中立的な第三者機関において効果等を検討・評価した上で提出)において、全ての都道府県やほとんどの市町村で制度の効果等を高く評価していること |
・ | また、都道府県の最終評価の結果に基づいた全国レベルでの実績値においても、全国で66.4万haの農用地を対象に適切な農業生産活動が継続されるとともに、各地域において多様な取組が実施され、「農用地の保全」、「多面的機能の確保」、「集落の活性化」などに効果等が認められること |
などから、本制度の効果等については、肯定的な評価ができるものと考える。 |
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本制度の今後のあり方については | |
・ | 多数の都道府県の最終評価において、本制度の効果を踏まえた、制度の継続を要望する意見が提出されたほか、 |
・ | 現地検討会においては、調査を行った全ての集落協定及び関係自治体(11集落協定、7市町村)から、本制度が耕作放棄地の発生防止・解消や多面的機能の確保 などに効果的であると評価し、制度の継続を求める発言があり、 |
・ | 本検討会において意見陳述を行った関係団体(全国町村会、全国農業協同組合中央会、全国土地改良事業団体連合会、全国農業会議所)からも、本制度による耕作 放棄地の発生防止、農用地の保全、集落機能の強化などの効果を評価し、制度の継続を求める意見が出されている。 |
一方、地域からは、本制度の継続を求めつつも、本制度によって取り組み始めた活動を停滞させることなく、協定参加者の高齢化の進行に配慮した制度内容の見直しとそれらのフォローアップを求める声もあった。 |
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本検討会としては、自由度の高い交付金という政策手法によって、農用地の保全はもとより、地域に知恵や活力や可能性がもたらされたこと、高齢化が進む中で本制度は耕作放棄地の発生防止等に必要不可欠であること、中山間地域に対する国の直接的なメッセージとなっていること、あるいは、本制度への取組を契機として集落の共同取組活動への参加意識を助長する地域の「気づき」を誘発したこと、中山間地域等の景観や文化を守る役割や観光資源を提供する役割を果たしてきたこと等本制度は多大な意義を有するものと考えている。 以上のような中山間地域等をめぐる厳しい状況や本制度の効果等に鑑み、また、農業者や地方公共団体、関係団体から寄せられた意見等に鑑み、本制度については、現行の基本的な枠組みを維持しつつ、平成22年度以降においても継続することが適当である。 |
2 高齢化の進行と直接支払制度 |
中山間地域等では、総人口の高齢化率が全国と比べて10年以上先を行く水準で推移するなど、高齢化の進行が特に著しい中で、制度の継続を強く望む地域からも、協定参加者の高齢化等により協定活動継続への不安が深刻化し、高齢農業者の不参加などによって、直接支払制度に取り組む集落の大幅な減少や協定面積の縮小による耕作放棄地の発生に歯止めがかからなくなる恐れがあるとの声が多く聞かれた。 |
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また、平成17年度からの第2期対策では、当時の農業政策の全体的方向性として担い手の育成やその経営体質の強化等が目指される中で、制度に取り組む集落の自律的かつ継続的な農業生産活動を促進するために生産性及び収益の向上や担い手の定着などのより前向きな取組を推進する仕組みが導入されたところであるが、これらの仕組みに関しても、農業機械・施設や農作業の共同化や担い手への農地利用集積の促進、認定農業者の育成や新規就農者の確保等において、一定の効果等があったものと評価できる。 |
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しかしながら、高齢化が進む地域からは、農業生産活動等の維持が精一杯であり、生産性及び収益の向上や担い手の定着などのより前向きで継続的な農業生産体制を整備するまでに至っていない、あるいは、小規模な集落協定については、集落間連携や複数集落による集落協定の締結などによる集落機能の強化の必要があるなど、高齢化の進行を背景とした課題等に係る指摘が多く寄せられている。 |
本検討会としては、認定農業者の育成や担い手への農用地の利用集積などのより前向きな体制整備の取組は引き続き必要であると考えているものの、一方、中山間地域等では、高齢化率が全国と比べて10年以上先を行く水準で推移するなど高齢化の進行が特に著しいことを踏まえると、本制度の見直しに当たっては、交付金の使途の自由度の高さを有効に活用しつつ、高齢農業者等であっても安心して本制度に取り組めるよう、集落協定参加者が共同で安定的・持続的に農業生産活動等を維持・促進し得るような仕組みの改善を検討することが重要と考える。 また、高齢化の進行に伴い、集落協定の減少、協定面積の縮小が懸念されることから、小規模・高齢化集落を含めた、集落間の連携や複数集落による集落協定の締結が促進されるような仕組みの改善の検討が必要と考える。 |
3 制度を構成する個々の要素に対するその他の課題等 |
(1) 対象地域・対象農用地等に関する指摘 |
対象地域・対象農用地については、広く国民の理解を得るために、明確かつ合理的・客観的な基準のもとに透明性を確保して実施するとの観点から、対象地域は地域振興8法の指定地域(都道府県知事特認を含む)とし、対象農用地は農業振興地域内に存し傾斜等の基準を満たす1ha以上の一団の農用地としているが、飛び地や点在などによってまとまった農用地を確保できない集落や1haの団地要件を外れる地域では、耕作放棄地の発生を招いている状況が見られる。 |
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本検討会としては、対象農用地の「1haの団地要件」について、今後、高齢化の進行等から集落間協定や複数集落による協定締結の促進が見込まれることを踏まえ、より小規模な団地や飛び地等も対象農用地として取り込んでいけるよう、現行の「営農上の一体性」の要件(耕作者が重複していること等)について、取組の実態に合った検討を行う必要があると考える。 |
(2) 協定期間や免責要件に関連する指摘 |
高齢化の進行を背景として、「高齢化等により協定を5年間継続することが困難」との声や、遡及返還をおそれず協定を締結したいという農家の思いをいかすべきであるとの声があることから、5年間の対策期間を弾力的にしてはどうかとの指摘がある。 一方、集落協定を5年間継続できない場合の遡及返還措置は、耕作放棄の発生防止に大きな効果を上げていることからむやみに緩和すべきでないとの指摘もある。 また、協定農用地を後継者(分家)住宅などに転用する場合には、遡及返還となるので担い手の確保や定住を促進する上で支障になっているなどの指摘が寄せられている。 |
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本検討会としては、遡及返還措置が耕作放棄の発生防止に大きな効果を上げていることも考慮し、遡及返還措置のスキームは維持しつつ、高齢農業者であっても安心して本制度に取り組めるような仕組みの改善を検討することが必要と考える。 また、免責要件については、中山間地域等の状況を踏まえ、担い手の確保や農作業の効率化等を促進する観点から、検討を行うことが必要と考える。 |
(3) 助成水準に関する指摘 |
助成水準については、樹園地が畑と同一の交付単価であることや、受給上限額(100万円/戸)を超えている農業者が共同取組活動に要する経費を手当てされていない状況等について、助成水準の充実・強化についての要望が出されている。 |
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本検討会としては、傾斜地は水はけが良く日当たりの良いという樹園地としての適地性があるなどの面もあり、平場と傾斜地の樹園地に係る生産コストや条件不利性について様々な見方があることから、樹園地固有の交付単価を設定することは、平場との条件不利性を補正するという本制度の趣旨には馴染みにくいという現状にある。 また、受給上限額(100万円/戸)については、役員手当や日当なども受給上限額に含まれることから、既に上限まで交付金を受給している農業者等にあっては、集落協定の運営に要する経費等について手当てされない状況にあることから、その実態を検証した上で、円滑な協定の運営が図られるよう検討することが適当である。 |
(4) その他の要素に関する指摘 |
本制度については、農業者に対する直接支払いという性格から、広く国民の理解を得ることが不可欠である。 したがって、一定期間毎に制度の評価を行い、必要に応じて見直しを行って、国民の理解を得ながら進めていくことによって、はじめてこの制度が続けられるということに留意する必要がある。 一方、農業者や地域が長期的な展望を持って営農し、また、農地を保全していくためには、本制度の継続性・安定性が求められており、自由度が高いという本制度の良さや定期的な評価・見直しの必要性と両立するような形で、本制度をより継続的・安定的なものとする方途について検討する必要がある。 現行第2期対策では、集落の自律的かつ継続的な農業生産活動を促進するため、その活動レベルに応じた2段階の単価設定(体制整備単価の導入)を行い、生産性向上や担い手の定着等のより前向きな取組(ステップアップ)を積極的に推進する仕組みを導入したところである。 本検討会としては、このような仕組みが中山間地域等におけるより前向きで継続的な農業生産体制の整備に一定の効果等があったと評価する一方、高齢化の進展を踏まえ、このようなステップアップのみならず、高齢農業者等であっても安心して本制度に取り組めるような仕組みの改善を検討することが重要と考える。 事務手続きについては、国では、事務作業の簡素化を行ってきたが、なお、煩雑で負担になっているなどの声もあることから、難易度や煩雑性など何が問題なのかを把握した上で検討することが適当である。 本制度の推進に当たっては、高齢化が進む中、集落間連携や複数集落による集落協定の締結などを進めるに当たってサポート・コーディネート体制が十分なのかを検討する必要がある。 |
4 その他の留意点 |
(1) 食料・農業・農村基本計画の見直し |
昨年12月から、食料・農業・農村政策審議会企画部会において、食料・農業・農村基本計画の見直しに係る検討が行われており、基本計画における本制度の位置づけや関連する施策との整合性について十分留意していく必要がある。 |
(2) 中山間地域等の総合的な振興 |
中山間地域等の農業に係る多様な課題等に対しては、本制度だけで対応することは到底でき得るものではないことから、様々な制度に基づく振興計画等を踏まえ、地域の自主性を活かしつつ、各種関連施策を整合的に推進することにより、本制度の本来の役割がより適切かつ効果的に発揮されるよう、中山間地域等の総合的な振興を図る必要がある。 |
(3) 国民の理解の促進 |
本制度は、中山間地域等と平地との農業生産条件に関する不利を補正するための支援として、農業者等に対して「直接支払い」を実施する我が国農政史上初めての試みであることから、広く国民の理解を得るため、実施に当たって明確かつ合理的・客観的な基準の下に透明性を確保する措置として、国段階だけでなく都道府県段階にも中立的な第三者機関を設置し、制度の実施状況の点検及び交付金に係る効果等を検討し、評価している。 また、国、都道府県、市町村においては、優良事例や実施状況等について、それぞれインターネット・ホームページ等を活用して公表しているところであるが、引き続き、国民の理解を促進するための取組が必要である。 |