内閣府は、平成14年11月5日閣議に年次経済財政報告書(経済財政白書)を提出した。経済財政諮問会議が進める構造改革の必要性を強調し、その中で規制緩和の推進や各産業の生産性の向上、成長産業への労働力などの速やかな移動を求めている。構造改革特区も、地域の特色を生かした活性化のための導入を促している。
また、国内経済の現状については、デフレと実体経済の低迷が相互作用する悪循環に陥っていると分析し、米国経済が停滞すれば、わが国の景気が「腰折れ」する可能性があると先行きに懸念を示している。この現状を踏まえ、日本経済が再生するためには構造改革が不可欠と強調している。労働力、融資、資金が成長産業に移動することで、労働集約的な産業を縮小させ、知的・技術集約的な産業を拡大させる構造変化を求めている。生産性の向上は、製造業だけでなくサービス業など非製造業にも強く要望している。
ポイントは、次のとおりである。
第1章 景気回復への展望
〈景気は底入れへ〉
景気は、本年1〜3月期に底入れした。これはアメリカ、アジアなど海外経済の回復や円安の影響で輸出が増加したのが主因。国内の在庫調整が進んだことも背景にある。しかし、雇用調整など回復力はぜい弱。デフレが実質債務負担の増加や負担価値下落を通じ実態経済を押下げる。期待成長率が過去に比べてさらに低下しており、今後の回復力が力強さを欠くものであることも示唆している。
〈デフレの現状〉
一般物価デフレは引き続き進行している。国内卸売物価は、円安などの輸入物価の上昇と需給好転から横這い。消費者物価は、輸入浸透度の上昇から引き続き弱含みである。資産価格(地価、株価)は、バブル崩壊後大幅に低下し、現在までも下落基調。90年以降の日本全体のキャピタル・ロスは、1,100兆円を上回る。資産価格デフレが実体経済に与える影響は、1)バランスシートの悪化(負債側の価値が固定、資産側の価値が減少)、2)資産調達の困難化(担保価値の減少、株価の下落)
〈デフレ下の企業・銀行・家計の動向〉
2001年度に企業部門は、経常利益の減少に加えリストラ費用が増え収益は大幅に悪化。銀行部門では、不良債権残高が42兆円と過去最高になった。株安で収益も悪化しており、経営体力(自己資本および含み益の合計)は低下。
家計部門では、再処分所得の減少、住宅ローン等の支払い負担の増加、消費者マインドの悪化、株価低下による株式保有額の減少で個人消費が低迷。2002年に入り心理面が改善し消費は横ばいとなっている。
〈財政金融政策の展開〉
90年代の財政出動や減税で日本は巨額の財政赤字を抱えている。国と地方の長期債務残高は2002年度末に693兆円に達する見込み。公共投資は減少傾向にあるが社会保障関連費用の増加要因で財政支出全体では横ばいにとどまる。2010年代初頭にプライマリーバランス(財政の基礎的収支)を黒字化する政府方針を実現するには、マクロ経済への影響に配慮しながら歳出を抑制する必要がある。
支出を見直し民間設備投資を誘発する分野に歳出を移すことが重要。日銀の量的緩和政策実施後、マネタリーベ一スは大幅に増加。しかし、マネーサプライは低い伸びに留まっている。GDPは低調に推移。銀行貸出し増加ではなく為替レートの円安に効果があった可能性。
〈景気の先行き〉
基本的なシナリオでは、輸出や生産の持ち直しから企業収益や雇用・所得環境が改善し、景気は緩やかに回復する。ただし、アメリカ経済の停滞など外的ショックからわが国の景気回復は短期間で腰折れする可能性も否定できない。景気回復力を高めるためには、構造改革を進め経済を活性化させることが必要。
第2章 活力を回復するための税制改革に向けて
〈個人所得課税の負担構造〉
80年代前後から各国とも総じて税率構造の簡素化・累進緩和を行うものの、累進強化や最高税率の引上げ下げ等の動きも見られる。80年代以降、中堅所得者を中心に税負担が大幅に軽減。税率改正により現在の日本の個人所得課税負担は歴史的にも世界的にも低い。最低税率の10%が適用される所得区分が全体の8割を占める。
6.4%に過ぎない年収1千万円以上の所得層が税収全体の41.3%を負担。日本では5人に1人が所得税非納税者である。これは各種の控除制度が所得税の負担構造に影響している。給与所得控除が給与総額の3割近くを占め、課税べ一ス縮小の主因。2002年度予算べ一スの所得税収は基礎控除で2.1兆円、配偶者控除と配偶者特別控除で1.2兆円、扶養控除で1.8兆円押し下げられている。
〈法人所得課税の負担〉
法人は景気変動の影響を受けやすい。2001年は10.3兆円とバブル期の89年の半分に落ち込んだ。赤字で法人税を納入していない企業が7割に達している。全体の1%に満たない資本金1億円以上の企業が7割を納税しており、法人税負担は一部の企業に集中する構造となっている。欧米の主要国では80年代以降、課税べ一スの拡大と税率引き下げで企業の税負担を軽減した。近年ではアジア地域でも税率引き下げ傾向が見られる。日本の現在の法人実効税率は40.87%で米国と同程度。30%台前半の英仏に比べて高い。税額控除調整後の税負担を産業別に試算するとエレクトロニクス産業では29%。米国の6%を大幅に上回る。税率が同一でも税効果会計適用後の税負担率には、水産・鉱業。建設業で重く、機械・電気機器などの産業で相対的に軽い。
第3章 日本経済を活性化するための課題
〈「産業空洞化」懸念をどうとらえるか〉
中国などからの輸入増を背景に国内の産業空洞化が指摘される。国際分業が進む電気機械では輸入の増加と同時に国内の生産や輸出も増えている。国内製造業の就業者数の減少は生産性の向上も意味している面もある。
サービス業の貿易収支は2000年で476億ドルの赤字。アジアの発展でモノの貿易で日本が優位に立てる分野は限定的になる。サービス産業の生産性向上で競争力を高めることが必要である。
〈構造調整の現状と経済活性化の課題〉
日本経済は90年代に労働生産性の上昇率が大幅に鈍化。これが構造問題の象徴であり、この克服には、企業経営の効率化、労働力と資金の効率的配分、技術開発の促進が不可欠である。経済の新陳代謝を促すには開業・廃業を活発にすることも必要だ。2000年度の日本開業率、廃業率はそれぞれ4.9%、4%で、10%超の米国に比べ低い。創生期の企業に投資するベンチャー・キャピタルの活用、構造改革特区の導入、資金の確保、チャレンジ支援環境の整備が重要。研究開発の投資額では日本は世界でもトップクラスの支出額。それに見合った有効性が見られない。研究成果の質の向上や効果的な利用の観点から基礎研究の強化、産学連携の推進、等が重要である。
〈経済構造の将来展望〉
○新しい経済システムの展望
・市場型取引の基軸化:インセンティブ構造は、長期安定関係を前提としたものから、規制の撤廃や緩和によって競争制限が緩和され、新ビジネス分野発見機能を持つ価格を中心とした競争に。このような経済システムにおける政府の役割は、市場型取引が十分機能しない分野(「市場の失敗」が起こる分野)における市場補完的な役割を果たすとともに、市場型取引を基軸としたシステムが前提とする法体系等の制度的なインフラを整備することに特化することになる。
・質の高い情報の流通:情報流通量が増大、また情報の質が一層重要となる。透明性と説明責任の重要性が一層高まる。
・自己責任原則の確立:個人は多様な選択肢が与えられる中で、自由な選択が許されることを意味するが、同時に、その結果について自分自身が引き受けなければならないことを意味する。
・セーフティーネットの整備:自己責任原則に対応して、経済的な不確実性に備えたセーフティーネットの整備。
・多様性の許容:日本型企業経営システムは大きな変化。それぞれにふさわしいシステムを各企業が選択、多様性を認める柔軟性。
・世界経済への能動的参画。
○新しい経済成長への展望
・構造改革と経済成長:構造改革は、90年代に低下した潜在成長率の引き上げを目的。供給側を意識した政策だが、同時に需要を喚起。
・技術進歩と経済成長:新しい経済成長は、技術進歩が主要な役割。研究開発の効率化を進め、技術進歩の能力を高めることに期待。
・技術進歩を主動力とした経済成長は、1)人口減少・高齢化による労働力・貯蓄減少、2)環境問題への取り組み強化、という制約に対応。
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